小説「自然淘汰」

2017年1月21日

「ラ、ラブレターをもらったぁ!?」

今日、生まれて初めてラブレターをもらった。
僕の名前は右往左往 賢一。
みんなからはウサオって呼ばれてる。
珍しい名字だろ?
どうやら今の日本に「右往左往」って名字の人間は、僕と母さんの2人だけみたい。

僕の先祖の憲一は日本の戦国時代、地主の召使いとして働いていた。
領地争いの最中、当時では珍しく、簿記2級の他、ポルトガル語検定やiPod touch(この時日本ではまだ発売されていなかった!)を持っていた憲一はその能力を買われ、織田信長に拾われたみたい。

そこで南蛮貿易に関わることになった憲一は、海を渡りポルトガルの地を踏む。
もちろん憲一にとってポルトガルは未知の土地。文字通り右も左もわからず、右往左往してたみたい。
かと言って上と下、そして前後ろに関して憲一はよく知っていた(憲一の父は上下知蔵(ジョウゲシルゾウ)、母は前後知子(ゼンゴチコ)という名前だったそうだ)し、焦る必要はなかったんだけどね。

ただ1番の痛手は、現地の人が話すポルトガル語がわからなかったこと。
話すスピードや不規則に生じる巻き舌、そして頭の天辺を剃り落とした髪型のポルトガル人を前にして、憲一は初めて食べたパクチーにカメムシを感じた時のようにたじろいだ。
いくらポルトガル語検定を取得していたとはいえ、本物の外国人と話したことはない。
憲一は身振り手振りと、持っていたiPod touchに入っていたGoogle翻訳を駆使してなんとか商談を取り付けた。
そうして日本に帰ってきた憲一の働きぶりを聞いた織田信長は、憲一に敬意と好意、そして少しの茶目っ気をこめて「右往左往」という名前を与えた。
そこが右往左往家のルーツと云われている。

話を現在に戻そう。
右往左往 賢一、通称ウサオが、ラブレターをもらったってわけ。
相手は誰かって?
手紙を見てみようか。

『賢一くんへ
名字に惚れました。
結婚を前提に私と付き合ってください。
一撃必殺 豊子より 』

一撃必殺 豊子。
今年の春、隣の県から引っ越してきた転校生の彼女。
今じゃここ、四字熟語高校の中でも1、2を争う美貌を持つ女の子だ。

「名は 体を 表す」

彼女は転校初日の自己紹介で黒板にそう書いた。
その時教室にいた僕らに、初めて食べたドラゴンフルーツが、意外と味が薄いとわかった時くらいの衝撃が走った。
そこから彼女の勢いはすごかった。
僕らの学年のほとんどの男子をメロメロにし、有名どころでは2組の五里霧中 清志も、3組の知覚過敏 健も、果ては明鏡止水先生まで、心をざわつかせていた。
最後の砦と言われた4組の絶対防御 智史でさえ、彼女の転校から2週間で恋に落ちていた。

まさに一撃必殺。
そんな一撃必殺 豊子からのラブレター。
僕がとった行動はただ一つ。
いや、この行動をとることしか出来なかった。

右、左、そしてまた右へ、左へ、
何度も何度も右へ左へ舵をきった。
友の声が遠くなり、視界が狭くなってきた。
不思議と上下と前後の感覚はなくならなかった。
けど自分が左右どちらを向いているのか、わからなくなった。
それでも僕はなりふり構わず右往左往した。
僕の先祖の憲一もこれほど右往左往は出来なかっただろう。
この様子は後に学級日誌の先生からのコメント欄で語られる。

『四字熟語高校に勤めて20年経つが、私はあれほどの名は体を表しっぷりを見たことがない。』
と。

人生での右往左往を使い切ったかと思われた出来事だったけど、その後僕は普通に一撃必殺 豊子と付き合い、そして結婚する。

豊子と名字が異なる最後の夜、彼女は僕にこう言った。

「婿入りしてほしい」

それは右往左往の名を途絶えさせるということに等しかった。
僕はもう右へ左へ行くにはNPが足りなかった。
(※NP=名は体を表すポイント)
そんなポイント制のシステムがあったのか、と思った。
そして心の中で、慣れない関西弁を使ってこう思うしかなかった。

「…名字に惚れたて言うてたやん…。」

抗う術はなく、僕は一撃必殺家に婿入りした。
一撃必殺 豊子は、最後まで一撃必殺だったーーー。

「へ〜、名は体を表すねえ。」
弱肉強食 虎太郎は、読んでいた本をそっと棚に戻した。